■「PARALLEL/CYGNUS」創作の為の工程備忘録

CYGNUS.CCの2次創作小説「PARALLEL/CYGNUS」について
前述の記事に基づき、ここに現状を書こうと思う。
なるべく、定期的に。
備忘録的な書き方、箇条書き的な書き方で主に。


▼プロットの進捗について
全体の流れ、ストーリーの流れ自体は随分前に作成したし、未だ変わっていない。
現在、取り組んでいるのはその中身である。


▼時系列ストーリー(時系列の出来事)の進捗状況 
「過去編・現在編 ✕ 2人の主人公のストーリー」
=「ひばりの過去のストーリー」「航一郎の過去のストーリー」「ひばりの現在のストーリー」「航一郎の現在のストーリー」の4ブロックに大きく分ける事が出来る。
そしてこれらは、作成順にもなっている。

現在から過去を作る事は難しい。
過去の出来事の延長としての現在を描く事が自然だ。

ひばりの過去に対するストーリーは、何とか先日、書ききる事が出来た。
現在は、航一郎の過去について書いている。
この為進捗状況は下記の通りとなる。

・ひばり 過去編 ○
・航一郎 過去編 △←進行中
  ↓
 過去に2人に何があったかが、すべて明確化する。
 これをベースに現在編が構築される
  ↓
・ひばり 現在編 △ 大枠と結末のみ作成済
・航一郎 現在編 △ 大枠と結末のみ作成済

この手法の歯がゆい所は、序盤たる現在編が最後に構築されるところだ。
デモやエピローグを書こうにも、すべての基本プロットが揃わないと書きようが無い。
更に、後述するように演出法としての時系列はまた異なる。

物語として成立するような、現在と過去の提示順、演出として魅せる為の提示順を考えなければならない。

▼大枠から、具体的な人物の動きへ
現在編の結末は、一応出来ている。

今取り組んでいるのは、そこに至るまでの人々の動き・心理の動きである。

流れとして不自然にならないように、それぞれの主観での行動を考えている。
行動するという事は、その人物の人となりが明確である事である。

すべて理解出来ないにせよ、最低限筋の通っている主人公の心理変化や
行動であるようにしたい。
本作は主観進行する部分が多い為、尚更である。


▼時系列≠物語である事
物語は、必ずしも時系列順に進行しない。
現在→過去→現在、というように、時系列を行き来する作品は多い。
特に“特定の事件”を扱う作品においては、むしろせざるを得ないものである。

この“行き来の仕方”が、作品の特色を表す事もある。

まず、物語が現在→過去→現在と進む場合。
推理モノで言えば、現場に駆けつけた刑事や探偵役が“現在”から“過去”を捜査し、過去の真相を明らかにしていく過程を読者に見せる。
そこには、捜査している人間と同じ目線が読者にも与えられ、臨場感や共感性を強く意識出来るという利点がある。
例:点と線、サスペンスドラマ

これに対し、あえて意図的に時系列を過去→現在とする場合がある。
最初に犯行という“過去”を描くと、犯人側の目線から事件解決を見る事になる。
主役であるはずの探偵を、追いかけられる犯人の目線から見る事になる。
例:刑事コロンボ古畑任三郎

そして、時系列が意図的にシャッフルされた作品。
この技法に関しては、正直難しい。
余程の演出意図が無いと、綺麗にまとまらない、必要性が明確化しない。
例:BACCANO! -バッカーノ!-、涼宮ハルヒの憂鬱

しかし、上記に対しかなり“使いやすい”手法がある。
これは、本編の流れは現在→過去→過去や、過去→現在、としながら、間にサブリミナル的に、シャッフルされた断片的エピソードが見える事だ。

実は多かれ少なかれ、様々な作品で用いられた技法である。
しかし、こうして書き並べてみると、なるほど理にかなった手法なのだ。
それは、時折ちりばめられる“点”が、ストーリーの進行に合わせて段々と“線”になっていく快感がある。
例:serial experiments lain(PS版)


▼今後の予定
今後の予定は下記の通りとなる。


・ひばり 過去編 ○
・航一郎 過去編 △←進行中
  ↓
 過去に2人に何があったかが、すべて明確化する。
 これをベースに現在編が構築される
  ↓
・ひばり 現在編 △ 大枠と結末のみ作成済
・航一郎 現在編 △ 大枠と結末のみ作成済
  ↓
 時系列の出来事の完成
  ↓
・全体プロットの調整・再構築(物語としての不足要素の確認と追加、演出としての時系列提示方法の決定etc)
  ↓
・各章プロットの作成(1章~)
・本文執筆(1章~)

こうして書いてみると、実に構造的というか、長編的な書き方である。
短編ばかり書き、本文から書き始める事も多かった私にとって、これは実に未知の領域である。
うまくいくのか半信半疑な手法だが、各種のシナリオ・構成論本より得た知識と、実践において構築した手順であり、徐々にではあるが効果を実感しつつある。

ガリガリ書き上げたいと思いつつ、体調不良や平日の仕事などもあり、中々日数レベルでのスケジューリングが出来ていないが、出来るときにやるという状態にある。
全体構造が明確化さえすれば、そこからはかなり目安の取れやすい工程に切り替わるモノと思う。

文章を書く事自体はまるで苦にならない、むしろその為に書いているような人間なので、逆にそこに至るまでのプロセスで未だ葛藤している状態だ。
とはいえ、流石に大分時間をかけ、様々な検討や試行錯誤を試した結果、感覚やコツ、少しのノウハウを得つつある。

大分、霧のかかった状態からは脱した感覚である。
行けるか行けないか分からない、という状態からはどうにか抜け出した。
ここから、手を動かせばどうにかなる、という段階まで到達すればしめたものである。